あれは私が大学三年のとき、2001年8月9日午後1時過ぎのことでした。車を運転していた私は交差点で赤信号で止まっているとき突然後方から衝撃を受けました。一瞬何が起こったか分かりませんでしたが、すぐにそれが追突事故であることが分かりました。
その後すぐ病院へ行きレントゲンを撮った結果、脊椎を損傷していることが判明しました。そのときは痛みもたいしたことなく、10対0で相手が悪い事故だったので、慰謝料をもらえるからラッキー♪、くらいにしか考えていませんでした。
それから約3ヶ月くらい通院して痛みもだいぶ落ち着き、相手側の保険の担当者が週に何度も電話をかけてきては「もう治りましたか?」としつこく聞いてくるので、ついに示談書にサインしてしまいました。
その年の12月初旬、私に彼女ができました。また資格などもたくさん取得して、これから始まる就職活動に向けて着々と準備が進んでいました。しかし・・・
最初の兆候があらわれたのはもうすぐ春になるという頃でした。なぜか喉のあたりに違和感を感じたため、耳鼻咽喉科に行き診察を受けたのですが異常はありませんでした。
大学四年になり本格的に卒業論文や就職活動が始まりましたが、体の違和感は相変わらず続いていました。そのため脳神経外科や消化器科、循環器科など一通り行ってはみたもののやはり異常は見られませんでした。
そういった状況の中でもなんとか2つの会社から内定をもらい、悩んだ末一方の会社に就職することにしました。
冬になる頃には卒業論文もだいぶ完成に近づいており、あとは卒業を待つだけという状態ではあったのですが、体だけは就職前になんとかしておきたいと思っていました。しかし結局どうにもならず、体調不良の原因すら分からぬままに卒業してしまいました。
就職先の会社は関西方面だったため、関東に住んでいた私は1人暮らしを始めることになりました。中学も高校も親元を離れて通っていた私にとって1人暮らし自体は全く問題なかったのですが、体のことだけが気がかりでした。
関西へ引越してすぐ入社式があり、私は新入社員を代表して式辞を述べることになってしまいました。そして入社式の日、会社へと行きはしたものの式辞を述べることに対してひどく緊張して、トイレにかけこんで座り込んでしまいました。
数分経って少し落ち着いたため会場へと入り、周りに異常を悟られないように気をつけながらなんとか式辞を述べることができました。
それから2ヶ月くらいの間なんとか仕事をこなして、ある日先輩と一緒に重要な仕事をすることになりました。もちろん体がこんな感じですから仕事は全くといっていいほどうまくいかず、あきれた先輩は「なんで?」と聞いてきました。私は「体調が悪くて・・・」と言うと、先輩に「社会人なんだから自分のことは自分でなんとかしないといかん。体調が悪いなら病院にいけ。」と言われ、かんねんして病院に行くことにしました。もちろん精神科です。
病院に行き診察を受けるとすぐさま自律神経失調症との診断がでました。
しかしそのことは誰にも相談できませんでした。きっと理解されないと思っていたし、理解されないくらいなら言わないほうがいいと思っていたからでしょう。ただ、そのとき付き合っていた彼女には私の言動のおかしさなどから結局病気がばれてしまいました(そのときは遠距離恋愛中だったのです)。それでも付き合ってくれると言ってくれたことは今でも忘れられません。
薬を飲みながらなんとか仕事をこなしてはいたものの病気は一向に良くならず、ストレスは溜まる一方でした。それだけならまだしも、その頃何故かは知りませんが彼女は結婚を焦っていて、毎日のように結婚の話をしてきました。私が元気でバリバリ仕事をしているならまだしも、治るかも分からない病気に侵されていて先行きが不透明なときに結婚のことを話されるのはストレス以外の何物でもありませんでした。
パンクしたのは9月の終わり頃でした。もう全てが嫌になり、このままでは自分が何をしでかすか分からないというところまできて、ついに会社を辞める決断を下しました。上司には休職という方法も考えて頂いたのですが、この病気が長期戦になることは分かっていたので、会社に迷惑をかけたくないという気持ちと中途半端な休み方はしたくないという思いからやはり退職することにしました。
仕事を辞めて1ヶ月程度は抜け殻のような状態でしたが、そんな私にもあることをするという目標がありました。それは仕事を辞める数週間前から考えていたことでした。
それは“四国遍路”でした。ご存じない方のために簡単に説明すると、真言宗の開祖空海(774〜835)が四十二才の厄年のおり、厄払いのためにかつて自分が修行した四国山中や海辺の修行地、寺などを巡って祈願したことから始まり、その後空海の名声が高まるに連れて、空海を崇拝し、それにあやかろうとする修行僧、行者などが空海の修行の方法を見習い、その足跡をたどる旅をするようになり、それが次第発展したといわれているものです。もっと簡単に言えば四国にある88ヶ所のお寺を回る巡礼のことです。
なぜ遍路に行ったのかというと、我が家も真言宗ということもあり、また何かが変われば…、変わるきっかけが見つかれば病気も治るのではないかと思ったからです。
家に帰り周りの人達からは「何か変わったか」とか「何か見つかったか」とか聞かれました。確かにすごい経験をしたと思いますし、きっと自分の中で何か成長した部分はあったと思います。でも一向に体調は良くなりませんでした。それでも何か吹っ切れたところがあって、まじめに医者に通って病気を治そうという気持ちになれました。そういう面では本当に行ってよかったと思っています。
私が通い始めた病院は心療内科のクリニックでした。先生もよく話を聞いてくださる方で、家からも近く、療養するにはベストな環境でした。
そして現在、不安なことは尽きませんが何とか無事に仕事をしながら生活しています。
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